【批判なんて気にするな】ラグビーW杯から紐解く「にわか」のボロが出る瞬間

雑記
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「にわか」のおかげで大成功したラグビーW杯

11月2日土曜日、ラグビーW杯決勝南アフリカVSイングランドが実施され、南アフリカが12年ぶり3度目の栄冠を手にしました。会場の横浜スタジアムの来場者数は今大会史上最多の70103人の来場者があり、大会を通してのスタジアムの稼働率も99%とこの上ない観客動員を記録しています。

日本ではラグビーの競技人口が少なく、テレビ中継の実績も他の球技に比べ少ない中、連日テレビで報道され、日本代表が出場する試合は高視聴率を連発するほど多くの関心を集めました。これほどの一大ブームを巻き起こしたスポーツは今までなかったと思います。

一大ブームになった大きな要因は、大会運営側が「にわかでいいじゃないか」とキャッチコピーをうち、スポーツ好きの人だけでなく、日常的にスポーツをしたり、観戦することがない人に積極的にアプローチしたことにあります。

表彰式でのイングランド代表の行為に批判が集中

大会が大変な成功を収める中、南アフリカの優勝が決定した決勝戦終了後に行われた表彰式でのある出来事に批判が集中しました。準優勝という結果に終わったイングランド代表の選手の一部が、銀メダルを首にかけることを拒否しました。また、表彰式終了後にすぐさま銀メダルを外す選手が現れました。

これらの行為に対し、Twitter上で「スポーツマンシップが欠如している」「南アフリカ代表への敬意を欠いている」と批判が集中しました。多くのマスメディアでもこの行為について取り上げ、コメンテーターが痛烈な批判をする事態となりました。

脊髄反射的な「にわか」の批判

イングランド代表に対する批判の多くは「スポーツマンシップの欠如」や「敬意の欠如」といった抽象的な概念に対するものが大半を占めていました。

これらの批判は「アスリートはこうあるべきだ」とする「べき論」が根底にあると考えられます。この「べき論」から逸脱するものは不適切な行為として一括りに批判の対象とされます。大半の批判が同じ主張をしていることから、これらの「べき論」は日頃のスポーツ観戦や報道によって暗黙のうちに形成されたきたことが推測できます。

今回の行為は、この「べき論」だけでなくラグビーのノーサイドの精神にも反するものとして批判を浴びています。

しかし、これらの批判は非常に浅はかです。「べき論」とノーサイド精神から逸脱しているとして脊髄反射的になされた考察をしていない感情的で残念な批判です。見方によっては批判者側が代表選手らに対して敬意を欠いているといっても良いかもしれません。

批判者がどの程度のラグビーについての知識をお持ちで、スポーツに対する理解があるかは分かりかねますが、今大会の視聴者の大方はW杯以外ではほとんどラグビーを見ない「にわか」と推測できます。まさに「にわか」のボロが出た瞬間です。

これらの批判がなぜ的外れなのか考察していきましょう。

悔しがる姿も立派なスポーツマンの姿

批判をする方の大半は、イングランド代表は首から銀メダルを下げ、顔を上げて整列し、南アフリカ代表の優勝を祝福するべきだったと考えています。また一部のマスメディアやそのコメンテーターも同様の考えを持っているようです。

確かに報道に使用されるスポーツの表彰式の動画や画像は、選手が清く結果を受け入れ、メダルやトロフィーをにこやかに掲げているものがほとんどです。従って今回の行為は、多くの人が思い浮かべるであろう表彰式の風景に似合うものではなかったため批判の対象となったと考えられます。

しかし、この表彰式は決勝戦のあとすぐ執り行われたため、選手たちが結果を受け入れる猶予はありませんでした。試合後すぐにその結果を清く受け入れろと言うのは酷ではないでしょうか。

毎年のように行われるリーグ戦とは違い、代表選手になるだけで激しい競争に晒され、「また次があるさ」とは言い難い4年に一度の大舞台であと一歩のところまで来て悔し涙を飲むことが、どれほど辛いことか想像できるでしょうか。

おそらく、批判者の多くは代表選手の血の滲む努力と叶わなかった悔しさを想像することがなかったので、軽々と批判したのだと推測できます。

ですが、負けて悔しがっている姿こそ努力してきたことの現れであり、立派なスポーツマンの証です。このような姿に対しても賛辞を送ることが必要です。

またイングランド代表の行為を批判する人に対し、英紙の記者が次のような論を展開しています。

「イングランドの選手らがW杯の2位のメダルを外すのは当然のこと。エリート選手が最後に立ちはだかったハードルを乗り越えるのを失敗したとき、どのような気持ちになるのかを理解できる人はほとんどいない」

「イングランドの選手らは今週帰宅後、誰一人と彼らがもらった2位のメダルをフレームに入れて壁に飾ることはしないと思う。授与式の後すぐにメダルを外したことを批判するコメントをすでに多く見た」

「彼らのとった行動を間違いだと思う人は、最も高いレベルでスポーツをプレーしたことのない人。そういう人らは、なにかを成し遂げるために一生懸命努力し最後につまずいた経験がないのだろう」

とにもかくにも、批判はよく考察してから行わなければなりません。この件に関しては、イングランド代表が今後の大会で悔しさをバネに飛躍してくれることを願い、お茶を濁す形で終えて良い話だと思います。

批判の多くは考察をしていないから気にするな

今回の一件を含め、世の中に溢れる批判の多くは深い考察がなされていないものが大半です。批判が生まれる背景は様々ですが、その多くは批判者にとって事実が受け入れがたいものであるからに過ぎません。

義務教育や社会人としての素養を学ぶ段階で多くの日本人は、上の者の指示に従い無批判に指示を受け入れていきます。そしてそこから逸脱するものはアウトローとして処理するよう強烈にインプットされています。

ゆえにクリエイティブなことに対する感度が低く、それらを無視するか、大した考察もせずに批判するのです。この性質が一歩抜け出そうとする者の足を引っ張り、日本の発展を阻害しているとも考えられます。

イングランド代表も決勝戦にたどり着くまでに多くの批判を受けてきたことでしょう。それでも自分を信じ、努力を積み重ねることの大切さを教えてくれたと思います。

批判など気にせず自分を信じて進むことが大切です。信じるものは救われる!

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