【北海道の歴史】北海道の開拓と泥炭

雑記
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「泥炭」とは

泥炭とは完全に枯れた植物などが低温・嫌気性状態で未分解のまま堆積した土を指し、泥炭が積み重なってできた土地を泥炭地と言います。泥炭はとても多くの水分を含み、重い物が載ったり、乾燥したりすると沈下してしまう性質があります。

特に、泥炭地盤は各種土木工事に際して著しい障害となります。泥炭地盤は構造物の重みを支える強度が極端に弱いため、例えば道路や河川堤防などの盛土をする場合どの程度の高さまで積み重ねることができるか問題となります。また僅かな荷重で沈下しやすく、しかも長時間にわたって沈下が収束しないことが知られています。ゆえに泥炭地域の道路盛土などでは、長期にわたる地盤沈下により、路面が波打つことがあります。

北海道内の泥炭地の分布

日本国内の泥炭地は規模が小さいものの全国各地に分布しています。特に北海道は泥炭が形成される気象条件が揃っているため、大規模な泥炭地が各地に分布しています。主要な泥炭地は石狩平野、サロベツ原野、釧路湿原が上げられます。石狩平野は明治時代に北海道開拓使によって土地が急速に開墾、農業利用がなされていますが、サロベツ原野、釧路湿原はいずれも国立公園に指定され長年にわたって形成された泥炭地が残っています。石狩平野は開墾前、大規模な泥炭地が広がっていました。現在は200万都市札幌を中心とする都市圏が形成されていますが、石狩川流域を中心に泥炭地は残っています。

燃料としての「泥炭」

明治時代から大正時代にかけて開拓使として入植してきた人々は、北海道の厳しい冬を乗り越えるために泥炭が可燃性であることに目を付け燃料として利用しました。専用のスコップなどで掘り取った泥炭を風が通るように積み上げて秋まで乾燥させ、冬に泥炭ストーブで燃やして暖を取りました。

また、良質な泥炭はニッカウヰスキー余市工場の原料麦芽の乾燥用、燻蒸用として使われました。第二次世界大戦当時、北海道内では石炭が非常に沢山産出されましたが、いずれも軍事に優先的に利用されたため、エネルギー効率は石炭に劣るものの泥炭を燃料として利用し続けました。終戦とエネルギー革命により泥炭は使用されなくなり、燃料は石炭、石油と移り変わっていきました。

「泥炭」の有効利用

泥炭は現在でも農業で利用されることがあります。泥炭には完全に分解されなかった植物の繊維質が残っていて保水性・通気性があるので、「ピートモス」に代表されるようにガーデニングでは腐植土として培養土に混ぜて土壌改良などに使われます。農作物を栽培する農園でも、土壌の環境を改善し、健康で安全な食材の生産に役立ちます。北海道産の泥炭は、窒素分を多く含むため農業利用価値が高く高品質とされます。

まとめ

泥炭はかつて土地の開墾をするにあたり非常に厄介な代物でした。今でも道路工事などで地盤を固める際に厄介な存在となっています。北海道はそんな泥炭とともに発展をしてきました。作物が育ちにくい大地を開墾し、農業出荷額全国1位の座を勝ち取っています。時には暖をとる燃料としても使われ、少し前の時代ではとてもみじかな存在であったことがわかります。北海道の土地事情を知る上で泥炭は欠かせません!

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